人は何に感動するか

 私たちは何に、またどういった場合に「感動」するのだろう。このことに大変興味をそそられる。日々の雑事に追い立てられ目まぐるしい生活を営まざるをえない現代人がどういった場面に深い感動を呼び起こされるのかをぜひ、記録にとってまとめてみたいと思っている。
 自分以外の誰かが「こういう時に大変感動した」と説明してくれてもその、同じ状況を体験していなければ感動を共有することは難しいだろうし、感動の度合いや種類は人により様々であろうから他人の感動を推し量ることは今のところできないような気がする。が、感動の種類と度合いを表現するルールや指標のようなものが作れればそれも可能になるのかもしれない。

 人間の心理を知るうえで、たくさんの人の様々な体験を聞いてみたいがすぐにかなう事ではない。そこでまずは自分の中に現れた感情を記録することから始めてみようと思う。


[2001年1月]

 運転中の車のラジオからこんなナレーションとともにイルカの曲が流れてきた。
 「『私、何番まで歌えるわよ』っていう方も多いかと思います。イルカさんの“なごり雪”です。」
 私は“なごり雪”が何番まであるかもしらないし、特にイルカのファンでもない。当時、この曲をよく聴いていたということもない。修学旅行か林間学校のために生徒が作った歌集の中に納められていて皆で歌ったりしたために曲を覚えたはずだった。
 運転しながら流れてくるメロディに耳を傾けた。「あれ、ここはこんなふうに歌っていたのか」と頭に残っているフレーズとの微妙な誤差を感じたりしていた。そのうちに歌は1番の最後のフレーズへと移っていった。歌詞はこうである。
 『去年より~、ずっと、きれいにぃ~、なった~ (繰り返し)』…。
 ここでなんと涙が溢れてきた。これは私にとって全く予期しない事だった。こうした感情の起伏をとても不思議に感じる。どうして?と、ここでぐっとこみ上げてきたものは何なのだろう、と私は考えた。
 この歌に特別な思い入れも思い出もない。なのに涙が溢れた。この曲を初めて聴いたのではないのだから曲の中の主人公や状況に対して涙した訳ではないはずである。私自身の何かとふと想いが重なったのに違いない。


[2001年2月17日]

 木村治美氏の講演を聞いた。昨今、新学期の始まる前スーパーで”雑巾”が品切れになる話があった。私はスーパーで学校用の”雑巾”を買って持たせたことはないし、手提げ袋、上履き袋、体操服袋、給食のコップ袋等は布製の物を手作りしてきた。どういうわけか始業日前日の深夜に雑巾を縫っていることが多いのだが、ミシンを使えばわけはないからスーパーで買おうと思ったことはない。でも、スーパーで買ってしまう人も多いようだ。子育ての中のそうした手間を省いてはいけないと木村先生はおっしゃっていた。私もそうだと思う。
 日本が今のように物で溢れていない頃、”手作り”のものを子に与える母親の話の場面で何度か涙が溢れた。私が子供の頃着ていた服はほとんどすべて母がミシンで縫ってくれたものだった。5cmも6cmも上げを降ろしてもらった少し筋の残るスカートをはいたものだった。母は売り場の子供服のデザインを時折真似して作ってくれていたようだった。既製服の形の良さには負けると思わなくもなかったが、そんな母の手作りが内心自慢でもあった。
 平均身長をかなり上回る私は着丈の長い服を探すのに苦労する事もあり、少し前には外出用のスーツや喪服にも着られる黒の上下を縫ってもらった。また、小学校6年生になる娘の洋服までも年に数着ずつ、子供が幼稚園へ通う頃から作ってもらっている。
 自分の両親の愛情に重ね合わせて、ありがたく感謝し、手作りのものを子供に与える母親の愛情に感動したのだと思う。


[2001年4月 アトリエにて]

 「パパとあなたの影ぼうし」という太田裕美さんの歌を聴いた。声が柔らかくて聞き取れないところがあったが、涙が出た。「もっとできるはず」と我が子を見つめる親の熱い視線。ビリで、それでも必死にがんばる子供の姿。自分や子供やいろいろなことと重なった。自分も決してできが良い方ではない。でもなんとか走っていかなければ行けない。そういう自分自身とも重なる。私は逆上がりができたが、ついにできなかった我が子とも重なる。かけっこでは我が子でなくとも、必ず誰かがびりになる。そして苦しそうに走る子供に声援を送りながらもどうしてこんなことをさせなければいけないのかと思う。

この歌詞を調べて、このコーナーに載せようと思ったまま2ヶ月以上経ってしまった。

そして、今日(7/3)この歌詞を見つけて、読み、また涙が溢れた。この感情をどう、説明すればよいのか。「今度初めて仕事で一等を取れなかったパパ」でなくてこの「子供」にやたらぐっとくるのである。

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    作詞・作曲: こんの ひとみ

   運動会のかけっこあなたは みんなの一番後ろ走ってる
   パパは本気で歯ぎしりしてる 真っ赤な顔をして走るあなた見て
   パパはいつも何でも一等で 思い通り生きてきたから
   不器用な息子を思うばかりに あなたにつらくあたるのね

   逆上がりがすぐにできない子はできる子よりも
   痛みがわかる分だけ強くなれることを
   パパに伝えたいね いつかわかる日が来るよね
   放課後 校庭 鉄棒に映る ママとあなたの影

   パパは今度初めて仕事で 一等をとれなかったの
   弱気な顔を見せてぐちって その方がずっと好きになれる
   「ねえ、パパ逆上がりを教えて」息子なりの励ましかしら
   日曜の午後パパはしぶしぶ あなたと外に出た

   何度も何度も足が宙を切って落ちる
   それでも空に向かって大きく足を振り上げる
   パパはもうわかってる あきらめないのが大切だって
   夕日の校庭 鉄棒に映る パパとあなたの影

2001.01-04


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 Hiroko Takakusaki, 1997, Oil on canvas, 175x116cm, 「開花を夢見る夢」

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